振り返るとすべてはうつくしいのか
- 作者: 宮本輝
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2007/02/16
- メディア: 単行本
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- 作者: 宮本輝
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1990/04/27
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改めて印象に残ったのは「力」という短編でした。
「元気が失くなったときはねェ、自分の子供のときのことを思い出してみるんですよ。これが、元気を取り戻すこつですなァ」
公園で、老人からそう声を掛けられた壮年の主人公が、その言葉に反感を抱きながらも、子供時代のことを思い出していくお話です。
無垢であった時代、未来に幸福しか想い描かなかった時代、雨も雷も、耐え難い暑さや寒さも、己を庇護してくれる者のふところにもぐり込める格好の材料であった時代。そんな時代の自分を思い起こすことが何になろう。そんな時代に還れる筈はなく、郷愁は失意におもしを乗せるだけではないか。そう思いながらも、私の心の中には、やがてぼんやりと、自分の幼かった頃のことが浮かび出て来た。
思い起こすことの出来る子供時代の記憶というのはそれだけで偉大だな、と、思う。もはや還れない場所だとしても、言葉によって、記憶によって、何度も何度も補強されてきたそれは、きっと一生消えない糧だと思うことができる。そして、この手の……子供時代の記憶に支えられている何がしかの事実を思うたび、確か大学一年の時の授業で聞き及んだ、このフレーズが頭を過ぎます。
子供の時分の思い出からその人生に繰り入れられた神聖で貴重なものがなければ、人間は生きていくことすらもできない。
ドストエフスキー『作家の日記』
*1:しかし、読み返さなくとも「復讐」あたりは印象に残っていたあたりが自分でもどうも…