デス博士の島その他の物語

デス博士の島その他の物語 (未来の文学)

デス博士の島その他の物語 (未来の文学)

物語ってすごいなー!、と手放しに思える短編集でした。ものすごくおもしろかった! ウルフの小説は、一人称小説にしても(手記にしても)、二人称小説にしても、書かれている内容をそのまま信用することができない。人は間違いを犯し、忘却する生き物であり、すべてを見通すことなどできない。そして、観たままのことを描写するとも限らない。ならば、その"物語の紡ぎ手"によって書かれた物語も、信用することはできない。それを読み解く我々は、ただ物語を享受するのか、抗い推理するのか……。
ああ、おもしろい! 眼光紙背に徹すじゃないですが、ちまちま読みつついろいろ考えてしまうので、非常に読むのが面倒くさい作家だと思いつつ、やっぱり面白いです。
どれもものすごく面白かったですが、好き、という意味では「眼閃の奇蹟」と「デス博士の島その他の物語」、強烈に印象が残ったのは「アイルランド博士の死」(よくこんなの書けるなーーとひたすらびびる)と「アメリカの七夜」でした。「アメリカの七夜」は遺伝子損傷から文明が崩壊した近未来のアメリカ、ワシントンを、イラン人のナダンが旅をしながら記した手記、という体裁の話ですが、その手記の一部もナダンによって「削除した」と記されてあったり、またナダン自身必ずしも真実を記録しているわけではないと仄めかしており、それらを含めて幻惑的な物語になっています。そして手記のあるキーワードから"消された一夜"の存在が浮かび上がるのですが、それによってこの小説は解答のない叙述トリックのミステリと言えるのかもしれないし、そのまま謎めいた幻想的SF小説と読んでもいいのかもしれません(個人的にはうだうだ考えて読み返したりもしたんですがアーディスに思いを馳せることくらいしかできなかったです…)(内陸地との関係や"父"がかつて連れ帰ったのが、アーディス?)(いろいろ考えるとおもしろそうだーー) そんなこんなで、この物語に関しては「ケルベロス第五の首」同様、いくつか解説(推理)サイト?もある模様。
表題の「デス博士の島その他の物語」を読むと、ウルフは本当に「物語」に対して強い思いを抱いている人なんだろうな、と思わざるを得ません。この短編のタイトルの「and Other Stories」が、"広がっていく物語の世界"を暗示しているような気さえします。

「だけど、また本を最初から読みはじめれば、みんな帰ってくるんだよ。ゴロも、獣人も」
「ほんと?」
「ほんとうだとも」彼は立ち上がり、きみの髪をもみくしゃにする。「きみだってそうなんだ、タッキー。まだ小さいから理解できないかもしれないが、きみだって同じなんだよ」

そんなこんなで

ほんとう、<未来の文学>シリーズ、第二期刊行うれしいな、です。これらのSFは、着地点を未来に投げかけたはずなのに、すでに書かれてから数十年経った「今」、改めて見つめなおすと何処にもない幻の(未来)世界がぶっ立ってしまっている感じが、とても素敵なところなんでしょうね。

それにしても

この本の三省堂の講演会の整理券配布に間に合わなかったのが悔しくてしかたがない!
http://sanseido-eventhonten.hontsuna.net/article/1669651.html