バベルの塔

バベルの謎―ヤハウィストの冒険 (中公文庫)

バベルの謎―ヤハウィストの冒険 (中公文庫)

所謂「創世記」の「バベルの塔」と呼ばれる物語……「人々は煉瓦を焼き、モルタルを作って言った。『さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう』。この高慢をくじくために、神は人々の言葉を混乱させて相互に理解できないようにし、彼らを全地のおもてに散らせたので、建設は未完成に終わった―――」と、解釈されている物語は、「本当にそういう物語だったのか?」という点を出発点に、ひとつひとつ書き手(ここではヤハウィスト資料)の目線に立って、物語を追っていく……という「聖書学」的な一冊。しかし、さながら難解な叙述トリックのミステリーを丁寧に解き明かしていくような面白さがありました。
もちろん「ミステリー小説」ではないので、うっかりフィクションのように読んでいると冗長のようにも主観的過ぎるようにも思える部分はありましたが、それでも十二分に新鮮でスリリングでした。ページをめくるごとに「大筋だけ知っている」という創世記が、まったく違う物語として目の前に現れてきます。そもそも、旧約聖書の創世記……「律法(トーラー)」と呼ばれる部分が、複数の人物によって書き表されたものが公認されているなど全く知らなかったです。*1 この本ではJ資料(ヤハウィスト資料)と言われる紀元前900年、あるいはそれ以前、南王国ユダで成立したものを扱っているのですが、こんな解釈が出来るとは! こんな物語だったとは!と驚きの連続でした(作者が繰り返す「虚心坦懐に読むなら」という言葉は非常に象徴的だと思うのですが)。 この本に書かれている「ヤハウィスト」の信仰も、時代背景も、「作品」への思いも、挫折も、描かれたある意味"人間らしい"神もすべてが新鮮で面白い。
信仰の無い私からすると、この本がどういう意味をもつものなのかはわかりませんが、ひとつの「物語」としてとても興味深い一冊でした。他にもいろいろ読んでみたくなりました*2

*1:「J資料(紀元前900年、あるいはそれ以前、南王国ユダで成立)」、「E資料(J資料の一世紀ほど後、北イスラエル王国で成立)」、「P資料(バビロニア捕囚直前、祭司職の筆による)」、「D資料(紀元前622年ごろ、南王国ユダの神殿から発見(そのとき書かれたものと考えられる)」……などなど、これだけでも面白い!

*2:メソポタミアの神話も読みたいな…ギルガメシュ叙事詩っていろいろそっち的にも有名ですよね…(どっちー)