贋金つくり

8年ぶりくらいに再読。再読の印象としては、行間妄想小説かと思っていたら本物だったんですね…です……(身も蓋もなくて本当に申し訳ない…) しかし、そもそも描かれている要素は大好きなものばかり。やっぱり面白かったです。

贋金つくり (上) (岩波文庫)

贋金つくり (上) (岩波文庫)

贋金つくり (下) (岩波文庫)

贋金つくり (下) (岩波文庫)

予審判事の息子ベルナールは、自分が父の実の息子ではないことを知ったことから家出し、親友オリヴィエの叔父である作家、エドゥワールの秘書として働くことになる…。というのが冒頭ではあるのですが、こういう話ではあまりありません。
人や事件が複雑に絡み合いながらも、最後まで読み解いても決して一本の糸には解けない、人の"自然"の状態を描いたという物語。作者は、その隙間は読者自らが補足し、それは必ずしも作者の意図に合致しなくとも良い、と言う。(なんていう大っぴらな許可!)。
物語は幾つかの要素にわかれています。
「ベルナールとオリヴィエという若者と、エドゥワールとパッサヴァンという作家をめぐる物語」
「ヴデル・アザイス家と少年たちによる贋金流通をめぐる犯罪」など…。
……あ、分け方がすでに私の意図が滲み出てしまっているな、これ……。ええと、そのほかにもオリヴィエの兄のヴァンサンのエピソード(個人的にはこの顛末が非常にショッキングで興味深いです)や不義を犯した女ローラの物語など、読む人によって惹かれるところはいろいろでしょうか……。ただ、小説は「経過」の描写のみで終わるので、読後「…これ、どうなるんだろう…いろいろ」となるのは必至。いわゆる読み取りやすい"主題"のようなものもありません。しかし表象として現れているものには、ジイドの小説論が……などなどという話は私もわからないのでここでは触れませんが、やっぱり何度読んでもいろいろな方向に凄い本でした…。
(まともな本の感想が読みたい方…女子的妄想が不快な方は以下回避お願いします…)
初めて読んだ頃は、自分の頭が腐ってるから、エドゥワールの感情が不純に思えるんだ…! と思っていたのですが、今回ものすごくつとめて真剣に読んだんです。つとめて真剣に冷静に自分を偽って真面目に読んだんです。……いや、ダメだわ、これ、逆に「こ、これは本物……」っていう個人的結論に達しました……。
個人的なあらすじとしては、「ベルナールは日銭を稼ぐためにエドゥワールの秘書として潜り込むが、親友のベルナールと叔父のエドゥワールを愛していたオリヴィエは、その二人が一緒に居るという事実に嫉妬し絶望し、誘いのあったパッサヴァン伯爵のもとにふらふらと身を寄せてしまう。しかし、そのことを知ったエドゥワールとベルナールは自分たちの軽はずみな行動を反省し、オリヴィエ奪還にパリに舞い戻る…」みたいな、みたいな、話にしか読めないんだよ…(うなだれ) 上巻の途中くらいから、そういう物語としてものすごく真剣に読みました……。
以下引用。まずオリヴィエの心理描写…(上P228)

彼は、ベルナールの心からもエドゥワールの心からも、同時に閉め出されたように感じていた。自分の二人の友人同士の友情が、彼の友情に取って替わったのだ。とりわけ、ベルナールの手紙の中の一節が、彼を苦しめた。ベルナールとて、オリヴィエがそれをどう取るかを察したら、おそらく書かなかっただろう。《同じ部屋で》と、彼は繰り返していた。――そして、いとわしい嫉妬の蛇が、彼の心の中で、のたうちまわっていた。《二人は同じ部屋で寝ている!……》彼がすぐに何を想像するか、知れたことではないか? 彼の頭は不純な幻想で一ぱいになったが、彼はそれを追い払おうともしなかった。

次にエドゥワールとベルナールの会話、(上P288)

「お寝みでなかったら、もう一つお尋ねしたいのですが……パッサヴァン伯爵のことを、どうお考えですか?」
「わかっているくせに。」と、エドゥワールが言った。それから、ちょっと間を置いて、「で、君は?」
「僕ですか」とベルナールは荒々しく言った……「あんな奴、殺してやりたいくらいです。」

とかわりと「ひー」ってなりました。すてきだ。
ポーリーヌさん(オリヴィエの母でエドゥワールの姉)もいろいろわかってるっぽいのがすごいです……(下P129とか…)。登場人物は弱くも醜くもありますが、皆、魅力的です。
もちろん、それ以外の物語の要素……ヴデル・アザイス塾の様子なども、断片だけを読んでいても胸がちくちく痛む感じで非常に面白いです(ぬぐえないつけたし感…)。いま絶版していて入手困難なようですが、古本屋さんなどで見つけましたらぜひ。この引用が心の琴線に触れるような人は特にぜひ(?)