シムーンメモ #25

24話はいまいち納得いかず、「永遠の少女」とか「永遠の今」とか「あの二人には"私たちの今"がかかってるんだから」とか、"皆"がそれを支えに泉に行くことを決意した流れとかあんまり納得いかなかったというか、えーその方向性で話を落とすのー今更なぜ価値を一元化する方向なのー的な気持ちがあったのですが、なんだかすごいものみたーーーー。艦長ーーーーーーー。「背負う」という意味でのユンはありかと思うんですが、"保留される少女性"はあれほど神聖視されるべきものなのかどうか。一過性であるべきなのじゃないのか。って艦長ーーーーーーーー。

それで「うひゃー」っていろいろ忘れてしまう自分が問題ありすぎる。じぶんでじぶんががっかりだ。いやー。びっくりしたなー。
しかし最初から近々もっかい観たいなー。膝を抱えて。女子限定シムーン座談会とか(含トラウマ自分語り)。いやむしろ持ち回りで一話ごと殺伐とした交換感想日記をつけるのでも良い(どこいくのー)。あ、あとフロエの選択はだいぶじぶんのなかで株を上げた。というか唐突に妄想がぶわーーーっと広がった。妄想の翼すぎた。予告良かった。

:追加:あとで考えようメモ

「逃避」と認め選択しない"少女"なオナシア様は理解できる。でも新天地へ行き、逃避でもなく、前向きに(?)"永遠の少女"を生きたいと願うアーエルとネヴィリルはどうなんだろうなー。それってすばらしいこと? 「そうしたい」「そう生きたい」気持ちは理解できても、その願いを周囲の皆が前向きに捉えるというシチュエーションがいまいち理解できないというか、もう一段掘り下げがあってからのがいいんじゃないかなーとか、とか(ここ2話くらい展開が忙しくてまとめてる感ありますけど) ちょっと混乱気味なので後で考えたい。っていうかまあ、来週を見てからでも考えたい。