三浦しをん「私が語りはじめた彼は」

私が語りはじめた彼は

私が語りはじめた彼は

三浦しをんの新刊面白かったー。 「村川」という大学教授を中心した連作集です。ただ、最初から最後まで村川の周囲の人たちだけが描かれていて、「村川」の部分は虚になっており、ひたすら円環をめぐり続けるような、そんな話。
帯の金原瑞人の「ミステリ + 心理小説 + 現代小説」というコメントをあてにして読むと、特に「ミステリ」には「ん?」という感じですが。……よかったです。非常に密度の高い絶望の中に浸されるんだけれど、こう、その感情は粘度のない感じで、ものすごく読みやすい。現実に対してある種の諦めと倦怠感を抱いている人なら、この本ははまれるんではないでしょうか。
なんというか、この方はエッセイを読んでいても思うんですが、本当に観察眼が鋭いよなあ、と。一文一文が刺さる。読めばきっと一文、二文は身につまされる文章があるのではないでしょうか。そしてその彼女の観察眼の上に成り立つリアルな倦怠感や無情さみたいなものと一緒に、うっすら膜のように、僅かにオタクっぽいファンタジーと女性作者特有の粘っこさみたいなのを加えてあって、しかもその感覚が絶妙。デビュー作の勢いはなりを潜めてますが(『格闘する者に○』これもこれで好きです)ここまで一作一作変わっていくのが見える作家も珍しいなあと思います。これに比べると最近文庫化された『月魚』なんて別人が書いたもののようです。 作品のタイプとしては女子高モノの『秘密の楽園』の系統でした。

話は変わって。 この本で見つけた「わ!」という文は
「俺の好きな格言は、『処女と老人はなにをしても満足しない」。(中略)俺は処女でも老人でもないが、物事に満足したためしがない。つまり俺は、老成した心を持つ思春期の女くらいに、底意地が悪く、慎重で、なおかつ傲慢さと卑屈さとを併せもっているのである」
でした。「俺」じゃないけどこの感覚は確かに自分の側で覚えがある感じ。

特に物語として連作の中で好きだったのは「予言」か「残骸」ですね。「予言」はちょっと青春な明るい話なので逃げみたいですが、「残骸」はとにかく最後の文がいい。すごい。最初と最後の話の語り手の三崎は読んでいて苦手だなと思ったのですが、最後に彼が思う、「愛するより、理解してくれ」というのはものすごくわかる気がしました。

おすすめ。