風が強く吹いている

寛政大学4年の清瀬灰二は肌寒い三月、類まれな走りで夜道を駆け抜けていく蔵原走に出くわし、下宿の竹青荘に半ば強引に住まわせる。故障で陸上の第一線から退いていた清瀬にはひとつの夢があった。もう一度、走りたい、駅伝の最高峰、箱根駅伝に出て、自分の追求する走りを見せたい。清瀬は、自分の夢を体現してくれるような走が目の前に現れたことで、竹青荘に住む陸上初心者たちの気持ちをも奮い立たせながら、その野望に向かって邁進していく。
たった10人で「箱根」に挑む、一年を描いた奮闘記。

風が強く吹いている

風が強く吹いている

お正月といえば箱根駅伝ですね。うちの父は箱根駅伝が大好きで、復路が終わると涙ぐみ、しょんぼりしながら「俺の正月は終わった…」と毎年呟いているのですが、私もこの駅伝を面白く思い始めたのは最近のことです。子供の頃は無理矢理見させながらも「ただ延々走ってるだけじゃねーか、だりー」と思ってました。でも今は確かに、こう、判ります! ありますよね、男たち襷をつなぐ! そのロマン!(明後日の方向を見ながら)*1
そんなこんなで「待ってました!」な、本書。
これは、なんというか、ものすごいファンタジーだなー。人口に膾炙する言葉を使えば「漫画っぽい!」ということになると思うのですが、一方で何気ない地の文や台詞が不思議なリアリティを保っている。三浦しをんの上手さのひとつは、ファンタジーに不思議なリアリティを持たせることができる*2所じゃないかな、と、改めて思わされた一本でした。
主張したいのは、しかし、”ファンタジーである”ということは、「物語」を損なうことではないということ。徹底したリアリズムの息が詰まるような四角四面さ、回りくどさがないぶん、むしろ純粋に「物語」を楽しめるような気がしました。面白かったです。
そして本書でこのなんともファンタジックなリアリティの根底を支えているのは「清瀬灰二」というキャラクターなんだろうな。鬱屈したものを抱えているのにひょうひょうと爽やかで、人身掌握術に長け、腹黒くうそつきで、でも純粋で、熱い。秀逸です。八面六臂の活躍をする、あまりに(作中で)よく出来たキャラクター造形だったので、妖精さんかなにかだったら面白いのにな、と思うほどでした。各登場人物の描写はキャラも多く、視点も分散しているせいか、物足りない(というか多少中途半端)なものがあるんですが、序盤のうちに10人ものキャラクターを読者に把握させる手腕はすごい。お話としては、個人的には箱根駅伝が始まる前のが好きなんですが、箱根駅伝が始まってからの流れも、各登場人物を描いて”群像劇”にするためには必要な流れではあったんだろうな…と。
そんなこんなで、一気に読める面白さではありました。まんぞく。

あ、

あ、もちろん(もちろん?)「こ、これなんてBL?」っていう瞬間もいっぱいあるのですが(!)、ほかの作家なら「狙いすぎだーーー」とちょっとしょんぼりするところでも、三浦しをんだと「仕方ないよな……そういう脳なんだもんな……」と思えるところが、得してるのか損してるのか。ユキと神童のコンビが結構好きでした。意外。

*1:ものすごい余談ですが、子供の頃から当たり前のように見ている競技って、いまだにやっている人たちが年上に見える。箱根駅伝もそうだし、時々高校野球も…(無理がありすぎる…)

*2:リアルな話にファンタジーな味付け、ではないと思う