十二神将変

http://www.asahi.com/obituaries/update/0610/001.html
歌人塚本邦雄さんの訃報を聞きました。高校時代から大学にかけて古本屋を駆けずり回って著作を集めたり、一万近い全集を買って大事に抱えて帰ったりした過去などを思い出します。確かに、私が多感な時期に影響を受けた書き手の一人でした。
心よりご冥福をお祈りいたします。


十二神将変 (河出文庫)

十二神将変 (河出文庫)

ホテルの一室で一人の若い男が死んでいた。ヘロインによるショック死だった。彼の死とともに、彼が関わっていた、密かに罌粟の栽培をつづける「秘密結社」の人々の間にも静かな壊変はひろがっていく……。

再読。この本は「歌人」である塚本邦雄さんが書いた「ミステリー」小説ですが、やはりミステリ自体よりも見事な文章に浸るための本。むしろ、ミステリ的な種明かしが始まる後半になると、幻想的な覆いが剥がされていってしまうのが口惜しい気分になるから不思議です。文章は花にしても食べ物にしても、人物にしても、その描写は非常に鮮明なのに華美で暗示的で、どこか幻想……むしろ惑乱的。読みながらふと、自分は読書をする際、ややストーリーそのものよりも、行間(!)や情景、そして文章、そういったディテールに重きを置いているんだろうなあ、と再確認したりもしました。(だからネタバレもあまり気にしないのかもしれません)

いや、もう、物凄く、耽美な小説です。解説で森茉莉の名前が出されていますが、確かに雰囲気は似ています。人間関係の中心にあるのは「男たちの愛」である部分なども。ただ、それは森茉莉のような少年愛ではなく、もっと老獪さを感じる男色であり、そしてもっと印象深いのは女のありかたです。女は男たちを御する超絶とした存在としてあり、時に凡庸とした良妻賢母として、時に全てを狂わす鬼女として、男たちを弄し、導き、見守る。それがもう、言葉足らずで悲しいのですが、ものすごくかっこいい。魅力的な女性(少し怖い人たちですけれど)というのも塚本さんの作品の魅力的な部分だと思います。

そして何より塚本作品の魅力は「行間」にあるような気がします。「眼光紙背に徹せ」といわんばかりに、すべてのことはなにも書かれてはいない。しかし、会話から、情景描写から、かすかに浮き出る愉悦のようなものは、確かに、紙面に隠されたたくさんの事実を知らしめる。これがもう、本当に見事です。何度「ひゃあ」と声をあげてしまったか(あげるな)。この本を最初に読んだのは確か十六のときでしたが、今回再読したときのほうが、その行間の魅力に取りつかれたような気がします。また何年かして再読すれば、また違った印象があるのかもしれません。たぶんもっともっと、この本には色々なものが隠されている。――いやー、もう、今回読み直したら初老な天道さんがやばいんだ。ちょうツンデレ(使い方間違えています)。えろい。やばすぎ。

最後の一文も痺れます。

「いや、出て行つたんだらう」

旧仮名遣いで少し読みにくいですが、同じようなご趣味の方にはぜひ…という本ではあるのですが、今手に入りにくいみたいですね……。全集などもありますので、この本でなくても機会があれば、よろしければ。特に実際に親交を深めていたという中井英夫さんが好きな方などにはおすすめです。歌集の方もすてきです。

義弟とはしのつく雨に白緑の罌粟の実打ちあひてきずつかぬ